極致というフロンティアを制した時計

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画像はSpeedmaster Professional Moonwatch 311.30.42.30.01.005

 

「天気の良いときにはどのくらい遠くまで見渡せるのか見当もつかない。
わかっているのは、一つの地平線の向こうにまたもう一つの地平線が現れるということだけだ。」

(『ラインホルト・メスナー自伝~自由なる魂を求めて』より)

「超人」と呼ばれたイタリア人登山家メスナーの言葉です。

この方、超人と呼ばれるだけあって凄い人です。
日本人の超人、植村直己氏と競い合うように記録を作っていきました。

なんとメスナーは、エベレストの単独登頂に初めて成功した人です。

今では500~1000万円払えば誰でも登れる(それでも大変ですが)ほどルートが開拓されしっかりとロープが張られているエベレストですが、1980年当時のエベレストにそんなものはありませんでした。

1980年、メスナーはエベレスト単独登頂を成功させ、マカルーなど残りの8000m峰にも次々と単独登頂に成功します。

1986年、ついにローツェ登頂に成功し8000m峰全14座を制覇という偉業を達成しました。

しかし、この偉業の達成と同時に、目標を達成してしまった彼は虚脱感に襲われました・・・・
そんな状態の彼はチベット文化への傾倒を深めていき、「迷走している」と言われたりもしました。

そのメスナーを復活させたのは、「水平」への転向でした。
南極を徒歩で制する構想を抱いたのです。

1989年11月、メスナーはウェッデル海から南極点を目指しました。
南極点のアメリカ基地まで無補給で歩く計画ですが、この時ばかりは単独に拘ることができずドイツ人パートナーとの2人行でした。

南極大陸では、内陸中央から沿岸に向けて拭きおろしの風が吹きます。
重量50kgのソリを引きながら歩く彼らにとって向かい風は最大の敵です。
視界を奪われ、方向感覚を狂わせるホワイトアウトに襲われます。
いたるところにある隠れクレバスへの転落の恐怖に怯え、サスツルギを越えなければなりません。
サスツルギとは、風が雪面を削ってできる高さ1mにもなる氷の畝です。

白夜の南極を歩いている彼らにとって昼も夜もありません。
手首のスピードマスターによるとテントを出てからかなりの時間を歩いています。
一刻も早くビバークポイントを見つけないと凍死してしまいます。

その様にして、彼らは1日に60km(!)も粛々と歩き、ついに92日後の1990年2月12日、南極点のスコット基地に到達します。
札幌~鹿児島間に相当する、2700kmの道のりでした。

メスナーらの南極大陸徒歩横断を支えたスピードマスターは、米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画に参加した、「ムーンウォッチ」として知られています。

NASAに採用される際にオメガが課された過酷なテストでは、室内温度をマイナス14からマイナス22度に下げ、その後、標準室温に戻すというテストを15回繰り返したそうです。

南極の気温は、NASAが課したテストでの室温をはるかに下回ります。
南極点での2月の平均最低気温はマイナス42.7度にもなります。
にもかかわらず、スピードマスターは壊れませんでした。

理由はオメガ特有の内部構造にあります。

鉄や真鍮は温度が下がると収縮します。
デザイン性やコンパクトさを追求したなら、おそらく結果は違っていたでしょう。
武骨なまでに古典的なスピードマスターは、個々の内部構造が大きく空間にゆとりを持たせています。
このため収縮の影響を受けにくかったのです。

「極致というフロンティア」を制した時計スピードマスター
男のロマンを感じる時計です。

 

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