最新 スピードマスター ムーンフェイズ掲載

こんにちは。

腕時計通販専門店Cronus店長です。

本日も当ブログへお越しくださいましてありがとうございます。

 

2016年新作 オメガ スピードマスター ムーンフェイズ

2015年に認証されたMETAS(スイス連邦計量・認定局)とオメガによる、耐磁性能も追求した新精度基準マスタークロノメーターの基準に合格したクロノグラフムーブメントを搭載した最新機種です。

是非ご覧ください。

“最新 スピードマスター ムーンフェイズ掲載”の続きを読む

「環境」いうフロンティアに挑む

こんにちは。

腕時計通販専門店Cronus店長です。
本日も当ブログへお越しくださいましてありがとうございます。

「環境」というフロンティアへの挑戦。

化石燃料を一切使用せず、太陽エネルギーだけで世界一周に挑むソーラー・インパルス計画。

太陽光をエネルギー源とするソーラー飛行機の成功例はいくつかありますが、いずれも日中に行われたものでした。

しかし、このソーラー・インパルス計画は昼夜を問わず無限に飛び続ける永久飛行であることが、これまでのものと大きく違います。

高い揚力を得るため可能な限り軽量にした機体は、翼幅が80mとエアバス「A380」並みですが、エアバスの重量が580トンなのに対して2トンしかありません。
超軽量ながら、突風や激しい気温・気圧の変化にも耐えられる構造になっています。

最大の敵は夜間飛行です。

早朝や夕暮れの太陽光は弱く、電池をチャージできるのは1日8時間以下となります。
日没までチャージした後は、翌朝までエネルギーを節約しながら飛び続けなければならないので、電池の残量と夜明けまでの残り時間を精密に計算する必要があります。
それも毎晩。。。。。

朝になると日照条件の良い航路を確保し充電しながら飛行します。
これを繰り返すことで永久飛行が可能になります。

パイロットは、ピカールとボルシュベルグの二人。

1回の継続飛行は5日間で、仮眠を取りつつ飛び続け、中継地点ごとに操縦を交代しながら世界を一周します。
食事は宇宙食並みの軽食で、化学処理の携帯トイレを使用・・・・と超過酷。

パイロットのピカールは数々の冒険を成功させてきた冒険一家の三代目。
1999年に熱気球無着陸世界一周をやり遂げた時、彼の名前は世界に轟きました。

その彼が
「次は人類に役立つ冒険がしたい。燃料を使わずに飛ぶ飛行機は、次の時代のフロンティアになるのではないか。」と考え誕生したのがソーラー・インパルス計画です。

そのフロンティア・スピリットに共感したのが、数々のフロンティアを制し続けてきたオメガです。

オメガのステファン・ウルクハート社長は
「本業は時計の製造ですが、パイオニア精神はオメガの原動力でもあります。40年経った今でも、スピードマスターは月まで行った唯一の時計です。
月から太陽へ。ソーラー・インパルスは何もないところに道を作る面白さがあります。」
として
ソーラー・インパルス計画のメインパートナーの一社として資金面だけでなく、機械工学や電子工学などの得意分野においても支援しています。

これらの時計は、ソーラー・インパルス計画に敬意を表する記念モデル。
フロンティアに挑む男のロマンを感じます。

Speedmaster Skywalker X-33  318.92.45.79.03.001

 

 

 

 

 

 

Speedmaster Skywalker X-33 318.90.45.79.01.001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当店で販売する全ての腕時計は、正規代理店より直接仕入れている100%正規品かつA級品の新品です。ご安心してお買い求めください。

「五輪」というフロンティア

こんにちは。

腕時計通販専門店Cronus店長です。
本日も当ブログへお越しくださいましてありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

OMEGA Speedmaster Mark II Rio 2016 Olympic Edition  522.10.43.50.01.001

 

オメガは、創業以来、様々なフロンティアに立ってきました。

そのオメガがオリンピックというフロンティアを関わりを持ったのは、1932年のロサンゼルスオリンピックでした。
米国ロサンゼルスで開かれた第10回オリンピック大会で、史上初めて、全ての競技を単一の時計メーカーが計測する「公式計時」を担ったのです。

それまでのオリンピックでは、審判員が各自で用意したストップウォッチを使用してタイムを計測していました。統一された規格もなかったのです。

第10回ロスオリンピックでは、オメガは30個のストップウォッチを厳密に調整して大会に持込、一括管理の下で運用することで、オメガへの揺るぎない信頼を確立しました。

更にこの大会では、それまで5分の1秒までだった計時の精度が10分の1秒へと高度化しています。
従来のムーブメントの毎時18,000振動を36,000振動へと倍増させたのは、天才時計師と呼ばれたレマニア社のアルベール・ピゲ(アルバート・ピゲ)による仕事でした。

レマニア社は時計も製造しましたが、特にムーブメントに強く、多くの時計メーカーにOEMとして供給していました。
レマニア社は現在はブレゲに吸収合併されています。

第1次世界大戦前、腕時計とは女性のものでした。
ブレスレットなどの宝飾品を身にまとう女性たちと違って、男性にとっては腕に何かを巻き付けることに「恥ずかしい」という風潮があり、抵抗がありました。
そのころの男性の時計は懐中時計です。

変化は戦場から訪れました。
近代戦争を遂行するためには、正確な時刻を知ることが不可欠となります。
戦場で懐中から時計を出して時刻を確認する。。。その僅かな時間が作戦を失敗に至らしめることがあります。
少しでも早く正確に時刻を確認するためには、腕時計が必要だったのです。

第1次世界大戦で、兵士のために腕時計が大量生産されたことが契機となり、戦後の1920年代には男性でも腕時計を楽しむようになりました。

戦場で、その後はスポーツで、国同士の威信をかけたぶつかり合いは、それぞれ腕時計を進化させてきました。
2016年リオ・デジャネイロオリンピックでも29回目の公式計時を担当するオメガは、オリンピック記念モデルに平和への願いを込めています。
※2020年東京オリンピックでも担当することが決まっています。

 

 

当店で販売する全ての腕時計は、正規代理店より直接仕入れている100%正規品かつA級品の新品です。ご安心してお買い求めください。

極致というフロンティアを制した時計

こんにちは。

腕時計通販専門店Cronus店長です。
本日も当ブログへお越しくださいましてありがとうござい

ます。

 

 

 

 

 

 

 

画像はSpeedmaster Professional Moonwatch 311.30.42.30.01.005

 

「天気の良いときにはどのくらい遠くまで見渡せるのか見当もつかない。
わかっているのは、一つの地平線の向こうにまたもう一つの地平線が現れるということだけだ。」

(『ラインホルト・メスナー自伝~自由なる魂を求めて』より)

「超人」と呼ばれたイタリア人登山家メスナーの言葉です。

この方、超人と呼ばれるだけあって凄い人です。
日本人の超人、植村直己氏と競い合うように記録を作っていきました。

なんとメスナーは、エベレストの単独登頂に初めて成功した人です。

今では500~1000万円払えば誰でも登れる(それでも大変ですが)ほどルートが開拓されしっかりとロープが張られているエベレストですが、1980年当時のエベレストにそんなものはありませんでした。

1980年、メスナーはエベレスト単独登頂を成功させ、マカルーなど残りの8000m峰にも次々と単独登頂に成功します。

1986年、ついにローツェ登頂に成功し8000m峰全14座を制覇という偉業を達成しました。

しかし、この偉業の達成と同時に、彼は虚脱感に襲われチベット文化への傾倒を深めていき、「迷走している」と言われたりもしました。

そのメスナーを復活させたのは、「水平」への転向でした。
南極を徒歩で制する構想を抱いたのです。

1989年11月、メスナーはウェッデル海から南極点を目指しました。
南極点のアメリカ基地まで無補給で歩く計画ですが、この時ばかりは単独に拘ることができずドイツ人パートナーとの2人行でした。

南極大陸では、内陸中央から沿岸に向けて拭きおろしの風が吹きます。
重量50kgのソリを引きながら歩く彼らにとって向かい風は最大の敵です。
視界を奪われ、方向感覚を狂わせるホワイトアウトに襲われます。
いたるところにある隠れクレバスへの転落の恐怖に怯え、サスツルギを越えなければなりません。
サスツルギとは、風が雪面を削ってできる高さ1mにもなる氷の畝です。

白夜の南極を歩いている彼らにとって昼も夜もありません。
手首のスピードマスターによるとテントを出てからかなりの時間を歩いています。
一刻も早くビバークポイントを見つけないと凍死してしまいます。

その様にして、彼らは1日に60km(!)も粛々と歩き、ついに92日後の1990年2月12日、南極点のスコット基地に到達します。
札幌~鹿児島間に相当する、2700kmの道のりでした。

メスナーらの南極大陸徒歩横断を支えたスピードマスターは、米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画に参加した、「ムーンウォッチ」として知られています。

NASAに採用される際にオメガが課された過酷なテストでは、室内温度をマイナス14からマイナス22度に下げ、その後、標準室温に戻すというテストを15回繰り返したそうです。

南極の気温は、NASAが課したテストでの室温をはるかに下回ります。
南極点での2月の平均最低気温はマイナス42.7度にもなります。
にもかかわらず、スピードマスターは壊れませんでした。

理由はオメガ特有の内部構造にあります。

徹夜真鍮は温度が下がると収縮します。
デザイン性やコンパクトさを追求したなら、おそらく結果は違っていたでしょう。
武骨なまでに古典的なスピードマスターは、個々の内部構造が大きく空間にゆとりを持たせています。
このため収縮の影響を受けにくかったのです。

「極致というフロンティア」を制した時計スピードマスター
男のロマンを感じる時計です。

当店で販売する全ての腕時計は、正規代理店より直接仕入れている100%正規品かつA級品の新品です。ご安心してお買い求めください。

宇宙というフロンティアを克服した時計

こんにちは。

腕時計通販専門店Cronus店長です。
本日も当ブログへお越しくださいましてありがとうございます。

Speedmaster Professional Moonwatch 311.30.42.30.01.005

 

1969年7月20日、世界の人々はテレビの中継映像にくぎ付けになっていました。
史上初めて、人類が月面に降り立つ瞬間を見るために。

月の「静かの海」に星条旗を立てるアポロ11号のアームストロング船長。
その左腕には、月の過酷な環境の中でも静かに、そして正確に時を刻み続けるオメガのスピードマスターが巻かれていました。

今でこそ、スピードマスターと月面着陸の関係はよく知られていますが、この時計とて元々は一般向けの時計です。
初めから宇宙飛行を目的に作られたわけではありません。

もしかして、「最初から宇宙飛行を考えて開発された時計」と思ってました?

実は私もです。。。。。。。

ファーストモデルは1957年に、当時のオメガを代表する「27CHROC12」キャリバー321というクロノグラフ・ムーブメントを心臓として誕生しました。

当時は腕時計に優雅さが求められた時代です。
そんな時代に、実用性と機能性、頑強なステンレスケースを持つ、小型で斬新なデザインのクロノグラフとして登場したのです。

1964年、NASAから重大な国家プロジェクトのための物品調達として、複数の腕時計メーカーにクロノグラフ購入の打診がありました。

NASAの厳しい要求に対して、自信をもってテストを受けると回答したのはオメガを含めて3社のみだったそうです。
宇宙開発は、時計ブランドのプライドをかけた戦いの場となりました。

テストは気圧や温度、湿度変化、衝撃、加速度、振動など多岐にわたり内容も過酷でした。
例えば、低温度環境のテストでは、マイナス18度±4度に下げた室温の中で48時間保たせたのち、標準室温にもどしてから作動検査が行われました。

1965年、オメガに簡単な一通の手紙が届きます。

唯一、過酷なテストに耐え抜いたスピードマスターが、NASAから正式に「飛行資格認定」を与えられたのです。

当時の記録を振り返ると、宇宙計画が地道な実験を重ね、手探りで進められたことが良く分かるそうです。

厳しいテストが繰り返されたのは、宇宙空間で何かトラブルが起きた時、何よりも頼りになるのが正確な時を刻む腕時計だからでした。

実際、映画の題材にもなった1970年のアポロ13号のトラブルでは、スピードマスターの正確さがあったからこそ、帰還に必要な「僅か14秒のエンジン噴射」に成功したのです。
スピードマスターの正確さが乗組員の命を救いました。

現代から見れば稚拙と言いたいほどのアナログさだった当時のNASAには、乏しい技術を補って余りある熱意がありました。
アメリカという若い国の夢と希望を実現させるため、あらゆるものを活用し、心身を限界まで酷使することを厭いませんでした。

その熱意がオメガの高い技術と結びつき、スピードマスターを宇宙フロンティアの象徴に導いたのです。

Speedmaster Mark II Rio 2016 Olympics Edition  522.10.43.50.01.001

 

 

 

当店で販売する全ての腕時計は、正規代理店より直接仕入れている100%正規品かつA級品の新品です。ご安心してお買い求めください。